2008年01月22日
亀山さん
ある意味世界の亀山です!
亀山 千広(かめやま ちひろ、男性、 1956年6月15日 - )は株式会社フジテレビジョン執行役員常務映画事業局長(映画プロデューサー)、FILM LLP代表。静岡県三島市出身。静岡県立韮山高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部卒業。2003年7月から、規模では既存の映画製作会社を凌ぎ、日本最大級と言われる映画製作集団でもあるフジテレビ映画事業局の最高責任者であり、同社製作の映画には「製作」・「製作総指揮」として必ずスタッフロールに登場する(但し、『踊る大捜査線 THE MOVIE』ではプロデューサー、2ではゼネラルプロデューサー、また、2005年公開のレイクサイド マーダーケースではエグゼクティブプロデューサー)。また、アメリカFOXで放送されたドラマ『24 TWENTY FOUR』の日本語版製作のプロデュースもしている。
日本で数少ない、映画を「ビジネス」として見ている人物である。
大学在学中に、映画監督・五所平之助の書生を務め、映画製作を経験する。
1980年、フジテレビ入社。同期には報道局所属で『報道2001』キャスターの黒岩祐治と『ニュースJAPAN』キャスターの松本方哉がいる(現・読売テレビ解説委員の辛坊治郎も早稲田大学の同期であり、共に同じ年にフジテレビを受験している)。入社後すぐに編成部に所属。1986年10月からの『タッチ』第4部(上杉達也3年夏の甲子園編。この時の直属の上司は1980年代にアニメ・テレビドラマなどに多大な影響を及ぼした岡 正)を手始めに、アニメ版『陽あたり良好!』(1987年)、『季節はずれの海岸物語』(1988年)、『スワンの涙』(1989年)、『いつも誰かに恋してるっ!』(1989年)、『花迷宮?昭和異人館の女たち?』(1990年)など、ドラマやアニメの企画・プロデュースを手がける、なおフジテレビ入社から現在に至るもディレクター・監督等演出の経験は一切ない。
1990年4月にテレビドラマを作る第一制作部に移り、月9など、テレビドラマのプロデュースを手がける(下記参照)。
1994年正月には『あおげば尊し 先生、元気ですか! 一緒に笑って、泣いたあの時を私たちは忘れない たくさんの愛の思い出をありがとう…』の総合プロデューサーを勤める。
1997年7月、自らも最終話に出演した『踊る大捜査線』のヒットで編成部に部長として復帰、2001年10月?2003年6月には編成制作局長に。2002 FIFAワールドカップの日本vsロシア戦の放送権を引き当て、「神の手」ならぬ「亀の手」と呼ばれる。この試合はサッカー日本代表にとって2002 FIFAワールドカップ本戦での初勝利の試合となり、視聴率も平均66.1%、瞬間で81.9%を記録する歴史的なものとなった。
『お台場冒険王2?レインボーブリッジは封鎖するな!!?』(2004年夏)では初イベントプロデューサー。
2005年のフジテレビ映画事業は、日本で一番の利益率を誇っており全邦画興行収入の約30%を占める。この収入はフジテレビ全体の収入にも貢献しており、フジテレビは史上最高益を記録した。
(以上、ウィキペディアより引用)
また踊るシリーズが見たい!
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